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こもれび相談室 staff BLOG

こもれび相談室は、悩みや疎外感、孤立感を抱えた方が気軽に相談できる相談窓口です。

吉田沙保里選手の講演会に行ってきました

平成29年1月18日、ウェスティンホテルで行われた吉田沙保里選手と栄和人監督の講演会に行ってきました。

なんと、1000人以上の方が詰めかけて、会場は大盛況👏

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最初に、平成28年8月28日に放映された吉田沙保里選手を特集した「情熱大陸」が流れました。番組では、リオオリンピック前後の200日間の吉田選手に密着。

 

 

番組冒頭、リオオリンピックの決勝戦で敗れてマットに伏せて号泣する吉田選手の姿が・・・

千代の富士親方など、多くの方と金メダルをとると約束していたのに、その約束を果たせなくてごめんなさいという気持ちだったと、あとで涙の理由を説明していました。

 

でも、リオではレスリングの後輩たちが4つも金メダルを獲得するという快進撃

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リオで同室だった登坂選手は、自分が泣いていたら喜べないからとすぐに気持ちを切り替えて気丈にふるまっていた吉田選手の気遣いに感謝していました。

 

 

印象的だったのは、「やっぱり金メダルを獲った人を見ると金はいいなと思います。でも、その後ろには銀とか銅とか、それ以外の入賞者がいて、その人達のことって勝った時はあまり考えたことがなかったので。戦える人がいるから順位も付くし競い合える。負けた気持ちが本当によくわかった大会。よいオリンピックでした。出てよかったです。」と淡々と語った吉田選手の姿でした。

 

そして、満を持して、吉田沙保里選手と栄和人監督が登場。

講演会は、司会の方が進行するトークセッションの形で行われました。

試合に負けても、すぐ気持ちの切り替えができるという吉田選手。

対照的に、栄監督は、1983年、全日本選手権で初優勝したもかかわらず、ロサンゼルスオリンピックの国内予選で敗退し、代表に選ばれなかったとき、2か月間引きこもったという話をしていました。

栄監督が引きこもりから脱出するきっかけになったのは、2カ月ぶりに実家にかけた1本の電話だったとか。

試合に負けてから2カ月間音信不通の息子を心配するご両親の思いにふと気が付いた監督だったのでした。

 

吉田選手の最大の挫折は、2008年のワールドカップ団体戦で、それまで公式戦119連勝だったのに判定負けしたときだったそうです。

完全に自信を失った吉田選手に立ち直りのきっかけを与えてくれたのは、

「これまであなたに負けた人たちも、同じように悔しい思いをしてきたのよ。」

というお母さんの言葉。

それから、吉田選手は、その悔しさを忘れずに、栄監督と徹底的に練習を行い、みごと、半年後の北京オリンピックで金メダルを獲得したのです。

失敗はプラスになる。負けたこともプラスになるという吉田選手の言葉は、そんな挫折を乗り越えて勝利を勝ち取っただけに、強く心に響きました。

 

「僕のタックルを受けてください!」という小学生の男の子の希望にも快く応じてくれた吉田選手。

最後に今まで獲得した金メダルを披露🏅してださって、終始笑いのたえないなごやかな会でした。

 

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こもれび相談室だより

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。

新しい年が皆様にとって幸せに満ちた1年になりますように。


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こもれび相談室は、昨年9月から、月1回、いしばし寺子屋(第4木曜日)&フォレストガーデン(第3土曜日)で、もめない相続に関するセミナーを開催しました。

ご参加下さった皆様、ありがとうございました。


NPO法人相続アドバイザー協議会の認定会員である松田から、相続に関する基礎知識から相続でもめないための対策など、事例をまじえてお話させていただきました。

そのあと、ご参加下さった皆様の相続をめぐる体験談やお悩みなどのお話になって、お茶を飲みながら、和気あいあいとした会になりました。


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今年は、皆様に楽しく参加していただけるようなイベントも開催していく予定です。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

こもれび相談室

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 はじめまして

 こもれび相談室です。

 

 自分の生き方に悩んでいる

 

    人間関係に悩んでいる

 

     がんばっているのに

     うまくいかない

 

     孤立感や疎外感を感じている

 

     そんなあなたにとって

     木立ちからさしこむ光になれたら                 

     いいなあと思っています

 

 

 

 

人生の終い方

 日本は超高齢化社会を迎え

    昨今では、終活、エンディングノートと言った言葉が取り沙汰されるようになりました。

 私が初めてエンディングノートという言葉を知ったのは、経済ジャーナリストである金子哲雄さんの「僕の死に方エンディングダイアリー500日」という著書でした。

 肺カルチノイドという難病で41歳の若さで急逝した金子さんは、亡くなる直前まで周囲には病気を隠して仕事を続け、自ら自分の葬儀の出席者のリスト、流す音楽、食事、会葬礼状に至るまでプロデュースしました。

 大きな発作で死を直感した彼は、亡くなるまでの1か月で、病気が発覚してからの葛藤、死の恐怖を乗り越え、仕事を続けながら死の準備を整え、最後まで必死に生きた記録を書き上げたのです。

 この本は、「僕の死に方」というタイトルだったが、まさに経済ジャーナリストとして最後まで情報を発信し続けたいという金子さんの生きざまそのものが綴られていました。

 私は、この本を読んで、どう死ぬかということは、まさに日々どう生きるかということなのだということを痛感し、悔いのないように生きることの大切さを改めて実感させられました。

 

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 私には、この金子さんの生き方を彷彿とさせるような、死に直面しながらもどう生きるかということを教えて下さった忘れられない出逢いがあります。

 Mさんとの出会いは、保健所の母親教室でした。お互いに初めての出産を経験し、子育ての悩みや不安を共有してきた大切な友人です。

 そんなMさんのご主人は、学生時代サッカーをやっていたスポーツマン。

 仕事の傍ら、毎週日曜日には、地域のサッカークラブのコーチとして、猪名川のグラウンドで、子どもたちと一緒にサッカーボールを追いかけて走り回り、いつも真っ黒に日焼けされていました。

 

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 そんなご主人が末期のガンだとわかったのは、5年前のことだでした。

 ご主人は、今までどおりの生活を続けたいと、抗がん剤治療は受けずに、別の治療方法を選択されました。

 そして、体調の許す限り、仕事に行き、サッカーの指導にも行くという今までどおりの日々を送られていました。

 医師には余命6カ月と宣告されながらも、そんな生活を続けて1年4カ月あまりたったある日、ご主人が、入団時から7年間指導してきた子供たちが小学校を卒業し、卒団式を迎えることになりました。

 ご主人は、子どもたちのために、入団から卒団までの子どもたちの練習の出欠から全試合の結果や得点までの経過の説明とひとりひとりに向けたメッセージを分厚いファイルにまとめるという目標を立てました。そして、長い時間をかけてそれを作り上げられました。

 その頃には、病状もかなり進行していて、Mさんは、ご主人が長時間に及ぶ卒団式に耐えられるか心配していました。

 でも、卒団式であいさつに立ったご主人は、子どもたちひとりひとりにそのファイルを手渡すことができ、とっても満足そうな笑顔でした。

 

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 ご主人が静かに旅立って行かれたのは、その1か月後のことでした。

 葬儀が終わり、火葬場に向かう途中、ご主人の思い出の場所である猪名川のグラウンドを通って行くことになりました。

 ご主人を乗せた車が猪名川のグラウンドにまっすぐ向かったその時、Mさんの目に、ご主人が指導してきたサッカークラブの子どもたち、その父兄、コーチたちが、猪名川の土手の上にズラーッと並んで、手を振ってご主人を見送っている姿が飛び込んできたのです。

 

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 ご主人が亡くなられてから気丈にふるまってきたMさんも、あまりの感動に号泣してしまった、映画のワンシーンのようだったと後で話してくれました。

 心温まるその思い出は、ご主人からの最後のプレゼントでした。

 今でも、時々、ご主人が指導した子どもたちが、近況報告にMさんの家を訪れてくれるそうです。

 最後まで精一杯生きたご主人の姿は、今もMさんや息子さんたちだけでなく、ご主人が指導してきたサッカークラブの子どもたちをも支え、励ましているのです。

 

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